概要


日本トランスライフ協会(JTLA)はナノテクノロジー、バイオテクノロジー、人工知能と言った指数関数的に発達する技術を駆使し、人間の生物学的身体が持つ様々な制約を克服していく未来の実現を目指しており、特に以下の3つの分野の調査研究に重点を置いています。

①脳の中の情報を読み出す技術の調査研究、計算機ハードウェアと脳を接続する技術の調査研究
→ コネクトミクス脳機械インターフェイス

②計算機上でデジタル的に意識を再構成する技術の調査研究
→ 脳型コンピュータ人工知能

③生物学的身体の長期保存に関する調査研究と極低温保存サービスの提供
→ クライオニクス

脳の中の情報を読み出す方法には大別して、医学的死を迎えた後に行なうpost mortalな方法と、生きたまま行なうin vivoの方法があります。Post mortalな方法ではクライオニクス(極低温保存)とコネクトミクス(神経結合学)という技術用います。一方のin vivoの方法では脳機械インターフェイス(Brain Machine Interface: BMI)という技術を用います。現在post mortalな方法は技術的に実現可能であり、in vivoの手法は完成までにあと10年くらいを要すると考えられます。

マイクロチップを用いた脳機械インターフェイスは10年以内に実現が可能

neurons_nanobot_picture

現段階で最も実現性の高いBMIはマイクロチップを用いた無線通信です(2016年)。静脈注射によって赤血球よりも小さい無線回路を体内に送り込み、人間の高次機能を司る大脳皮質の中にこれ等のマイクロチップを300万個程度定着させます。マイクロチップはニューロンの膜電位を計測したり電気刺激を行う事で電気的なインターフェイスを構築します。読み出したニューロンの活動はチップ内部でデジタル変換され赤外線レーザーを使った通信により体外(体内)の読み取り装置に転送されます。大脳皮質は300万個程度のコラムと呼ばれる機能ブロックから構成されると考えられており、これらのモジュールとの通信を確保する事によって脳の中で起こっている視覚や聴覚などの知覚処理、運動制御、言語や思考、意識に関する計算過程をコンピュータが取り扱えるフォーマットに変換する事が可能になります。

マイクロチップを用いたBMIシステムに必要な要素技術(RFID, マイクロレーザ等)は数年前から要求される性能を満たしています。人間の意識をデジタル化するという目標は、十分な予算と人員を投入すれば、これらの要素技術を組み合わせる事で10年以内に到達が可能です。より詳しい説明はこちらをご覧下さい脳機械インターフェイス

今使える技術で意識をデジタル化するには、脳を保存してコネクトームを読み出す方法しかない

日本国内では年間120万人以上が亡くなっており、生きたまま脳情報をデジタル化する技術が完成するまでには、東京都の人口と同じくらいの人が死を迎える事になります。こうした人々の中には、BMIの完成には間に合わないかも知れないが、生物学的な死を乗り越えたその先にある未来を見てみたい、あるいは百年を超える時間スケールで人類の発展に貢献したいという志を持つ人達が多くいると思います。また現在小児がんや末期がんなどで若くして重い病気を持たれている人達に関しても、10年も待てないという状況は同じです。今現在利用可能で、且つこうした人々の要求に応えられるサービスとして存在するものは脳の保存技術しかありません。

脳の保存法は主に液体窒素の極低温環境下で保存するガラス化法と、ホルマリンなどを使う化学固定法があります。化学固定法はシナプスなどの脳情報の鍵となる重要な構造を保ったまま保存が出来ますが、細胞の働きの鍵となるタンパク質を壊してしまうため蘇生がほぼ不可能になります。また数百年という単位での長期保存は出来ません。ガラス化法は極低温によって化学反応の進行速度を抑える事で、数百年という単位での長期間保存を可能にし、また細胞や小さい組織であれば解凍して再び蘇生させる事が可能です。しかし脳のような大きな臓器では解凍後の蘇生が成功しておらず、またシナプスのような微細構造の保存にも成功していません。これらのガラス化法と化学固定法の利点を組み合わせた手法がアルデヒド安定化法(ASC)です。

ASCでは心停止後4分以内にグルタルアルデヒドという有機溶媒を血管系に循環させシナプスなどの重要な微細構造を化学固定します。その後4時間以上の時間をかけてゆっくりとDMSOやエチレングリコール等の凍結防止剤の役割を果たす有機溶媒を循環させ、その後徐々に温度を下げていって最終的に気化した液体窒素中で脳または全身を保存します。ASCはシナプス構造などの脳の中の神経配線に関する情報を保存するための技術です。従って意識のデジタル化にASCを使う事は出来ますが、肉体の蘇生にASCを使う事は出来ません。ASCは現在ウサギの脳とブタの脳でシナプス構造の良質な保存に成功しており、Nectomeというベンチャー企業がヒトに適用出来るプロトコルを開発しています(2016年7月)。より詳しい説明はこちらをご覧下さい。→アルデヒド安定化極低温保存

コネクトームを読み出すには保存した脳を1兆枚のシートに削り出し、それ等を全て電子顕微鏡で撮影する。その膨大な画像をコンピュータグラフィックスで3次元に積み上げ、元の神経ネットワークを再構築する

ASCで保存された脳のシナプス構造は破壊される事なく残っているため、いわば脳の中の全ての回路の配線が保存されている状態です。こうした脳の神経回路の中に記憶や人格といった高次機能に関する全ての情報が含まれているため、それを元に意識をデジタル的に復元する事が可能になります。細胞の中の全遺伝子情報はゲノムと呼ばれますが、これに対して脳の中の全神経配線情報はコネクトームと呼ばれています。ASCで保存された脳からコネクトームを取得するには、破壊的なスキャン方法を用いなければなりません。しかしそもそもASCは化学固定法であるため保存した時点で細胞が蘇生される確率は極めて低くなります。

コネクトームを取得するには脳をダイヤモンドカッターなどのカンナのような特殊な刃物で削り出し、30ナノメートル程度の厚さのシートに加工します(金箔の3分の1くらいの厚み)。1つの脳を削り出していくと大脳皮質だけでも1兆枚のシートになる計算です。このシートを電子顕微鏡で撮像し、その画像の中でシナプスや神経線維がある位置と、前後の画像との繋がりを1枚1枚画像認識ソフトを使って自動でラベル付けしていきます。シナプス、ニューロン、神経線維などがラベル付けされた膨大な数の画像情報を元に、神経結合を3次元の立体構造としてコンピュータグラフィックスで再構築します。このような手間隙のかかる工程を経てようやく全神経ネットワークの情報であるコネクトームの取得に成功します。そして意識や人格、記憶といった様々な脳の高次機能をデジタル化する事が出来ます。より詳しい説明はこちらをご覧下さい。→コネクトミクス

2014年時点でIBMのスーパーコンピュータは人間の脳の計算容量に達しており、現在は高速化・省電力化・低コスト化が進んでいる

コネクトームは言わば電子回路の配線図のようなものなので、この情報を回路に焼き込めば脳の中の意識や記憶をコンピュータに移植する事が可能になります。人間のコネクトームが持つ情報量はシナプスを1bitとして計算すると10TBになり、現在の大容量SSDに収まる大きさです(2015年)。脳のアーキテクチャはFPGAに代表される再構成可能ハードウェアのようなものであり、計算素子を繋げてプログラムをコードするワイヤードロジックになっています。従って脳型コンピュータも従来のコンピュータとは根本的に異なりCPUとメモリが分かれていません。つまりOSもアプリケーションも全て回路の配線として表現されます。現在のFPGAの論理ブロックの集積度が今よりも3倍向上すれば脳型コンピュータのニューロン数は人間のそれに匹敵する事になります。また脳型コンピュータの計算素子は生物のニューロンよりも100万倍速く動作するので、現在の半導体技術で人間の脳の計算性能を超えるハードウェアを作る事は可能です(2016年)。米国の大企業、欧州の大学コンソーシアム、日本ではベンチャー企業が中心となり、脳型コンピュータの開発競争が世界中で加熱しています。より詳しい説明はこちらをご覧下さい。→脳型コンピュータ

脳の計算理論が完成するのは早ければ2016年以内

人間の脳と同じ数のニューロンとシナプスを回路的に実現し、そこにコネクトームの配線情報を流し込んでマシンの電源を入れば、原理的には意識を計算するプログラムが起動するはずです。しかしパラメータの微調整が必要だったりトラブルシューティングの際にはプログラムの中で何が起こっているのかを理解しておく必要があります。また脳の計算原理を知っていればシステムの最適化が出来ます。そのような理由で意識のデジタル化に人工知能の理論は不可欠です。現在深層学習などの目覚しい成果によって人工知能研究が大きな注目を集めていますが、ここでは大脳皮質の計算理論である階層時間記憶(HTM)モデルについて解説します。HTM理論によると脳は予測を行うシステムです。また感覚器官から入ってきた入力情報の階層性と時系列性を学習して外界をモデル化しています。HTM理論を理解すると、音を聞いたり図形を見たりと言った単純な操作から、計画を立てたり文章を書くなどの高度な作業まで、全ての脳内過程がシンボルを連想ゲームのように繋ぎ合わせた連なりと、それらを集約させて階層を上げるという処理になっている事が分かります。

HTM理論はNumentaというベンチャー企業がこの理論に基づいた人工知能のソフトウェアをオープンソースで開発しています。またIBM Almaden研究所との共同開発でHTM理論を実装した脳型コンピュータの開発も行っています。より詳しい説明はこちらをご覧下さい。階層時間記憶モデル(人工知能)

意識のデジタル化以外にも長寿命化や肉体の保存と蘇生という選択肢もある

JTLA会員の中でも脳の中の情報を読み出して計算機上で再構成するだけでいいという立場の人と、自分の身体を残したまま寿命を飛躍的に延ばしたり、 未来で蘇生されたいという立場の2種類があります。生物学的身体を長期保存する場合には、糖類や不凍タンパクなどの 生物由来の凍害防御剤を利用した常温ガラス化や、臓器保存や細胞保存などの臨床の現場で用いられている低分子の凍害防御剤を用いた極低温保存(クライオニクス)があります。より詳しい説明はこちらをご覧下さい。→クライオニクス

まとめ

脳のリバースエンジニアリングは大きな成功を収めており、脳の計算原理が明らかになるのも秒読み状態と見込まれています。現在は様々な人工知能のソフトウェアが開発されていますが、今後は専用チップやFPGAを用いたハードウェア化が加速するでしょう。2020年頃には脳の計算原理であるアルゴリズムが明らかになり、それを実行するハードウェアも十分な性能に達しています。その時点で人工知能と人類が共存するために必要になるのは、人間の脳の中にある情報を読み出すコネクトミクスやBMIの技術です。BMIの完成にはあと10年程度を要します。従って今現在死期が迫っており、かつ未来を生きたいという人々には、クライオニクスを用いた脳保存という選択肢が残されています